東京都の全域に匹敵する面積を誇る高山市は、「山中の都」として華やかな町人文化が栄えた町です。

飛騨の歴史は古く、縄文時代にまでさかのぼるようです。高山市内各地域から、美麗な土器や異形の石器が発見され、市内の展示施設で見ることができます。

奈良時代になると「大化の改新」で税を納めるよう定められましたが、飛騨では米や織物などが少なかったため、年貢の代りに京や奈良の仏教寺院の造営に労力を提供しました。多くの寺院の造作にあたった腕の良い職人たちは、年季が明けると飛騨に帰り、匠として名を残しながら、多くの建築物や街並を作り上げたのです。

平安時代になって平家が天下を握るようになると、飛騨は平家の領国となりました。戦国時代には三木(みつき)氏が高山市に進出し、松倉山に松倉城を築きました。しかし、豊臣秀吉に従わなかったため、秀吉の家臣・金森長近によって討たれます。その後、金森氏が松倉城へ入城して飛騨高山の初代藩主となり、以後一族は6代(107年間)にわたってこの地を治めることになります。

元禄時代に出羽国上山藩(現在の山形県)への転封で金森政治が終わり、江戸幕府直轄の「天領」となったことで、金森の下屋敷(姫様たちの住まい)は取り壊され、後に「陣屋」 となったのです。今も朝市などが開かれて賑わっている「陣屋前」ですが、このような歴史的な背景を踏まえてご覧になると、いっそう感慨深いものがあるかと思います。

市内に数多く残されている当時の建築物や彫刻は伝統文化財に指定されたことで守り抜かれ、現代にも受け継がれています。こうして高山市内は、金森時代の雅な京の文化と、天領時代の粋な江戸文化が織り成す独特の町人文化が形成されて、現在も古風な輝きを放っています。

昭和11年11月1日に高山市となり、市制50周年を記念する昭和61年に運輸省(当時)から「国際観光モデル地区」の第1次指定を受け、「国際観光都市」 を宣言しました。現在では「ミシュラン」が発行する旅行ガイドブック「ミシュラン・グリーンガイド・ジャパン(Michelin Green Guide Japan)」に2年連続して「必ず訪れるべき観光地」「わざわざ旅行する価値がある場所」として、最高評価の「三ツ星」に選ばれています。